北杜夫氏を偲んで:『どくとるマンボウ医局記』
ども。
ちょいと遅いけども、「どくとるマンボウ」シリーズというエッセイで有名な作家の北杜夫さんの話題でございます。先々月お亡くなりになられましたね。新聞で知った時はびっくりしました。
最初に読んだ彼の本は、中学の頃本屋でふと手に取った「どくとるマンボウ青春期」だった。これは著者の松本高校時代のことを綴ったエッセイであるが、当方もその時高校受験真っ只中というわけもあって、なにかしら共感する所が多かったし、日本の作家にはあまり見られないそのユーモアセンスと皮肉に富んだ小気味良い文章は新鮮でおもしろかった。それ以来小生はマンボウファンとなり、市内の古本屋を片っ端からめぐっては彼の著書を買い漁ったもんでした。
ただ近年はお孫さんのことを綴った軽めのエッセイ集みたいなのが多くなってしまい、徐々に関心は薄れていましたね。
思い出深い作品を挙げると、まずは船医として世界を回ったことを書いた「どくとるマンボウ航海記」でしょうな。これは地図帳を傍らに置いて読んだ記憶があります。当時、マダガスカル島に「アタオコロイノナ」なんていう名の神様が本当にいるのかなあと、わざわざ図書館に行って調べたことが・・・あったような、なかったような。
もう一つ挙げるのは「幽霊」という長編。この作品、ストーリーなんてあってないような話だったと思いますが、その壮絶なまでに幽玄で静謐で美しい文章には甚だ圧倒されたもんでした。マルティノンの振ったドビュッシーのCDも買ったっけなあ。
そんなわけで、新聞で訃報を知った時は寂しさと共になんとも懐かしい気持ちにもなり、古本屋に行って久しぶりにまだ読んでいなかった氏の本などを買ってきました。というわけで今日は「どくとるマンボウ医局記」という本のご紹介です。
このエッセイは著者が慶応大学病院の神経科の助手として働いていたときのことを振り返って書いたもので、著者が体験した精神病患者達との悲喜こもごものエピソード、おかしくて笑ってしまうようなやりとりの数々、そしてその患者達、あるいは著者にも負けず劣らずの奇人・変人ぶりを発揮する同僚の医者達の生態を通して、その当時の精神病院の様子をユーモラスに描いた作品である。
ユーモラスといっても、それは著者が体験したことを殊更ちゃかしたり大げさに書いている、というわけではなく、解説のなだいなだ氏によれば、ここに書かれている数々の頓狂なエピソード、個性的な登場人物たちは、皆本当にこの本に書かれているようにあって実在していたのだという。「対象の方が筆の誇張を越えていた」んだそうである。古き良き時代だったんですな。
この人はエッセイの中で、自分がどれほどのヤブ医者であったかみたいな事を殊更おもしろおかしく、自嘲気味に述べられていることが多いのですが、少なくともこれを読むと著者が(ていうか、当たり前の話ですが)そんなダメ医者ではなかったことがよく分かります。とりわけて山梨の精神病院に左遷され、そこの責任者が風邪で入院してしまったために七、八十人の患者をたった一人で診るはめになってしまった顛末を綴った「第9章 山梨県の病院へ売りとばされたこと」などは圧巻で、いつもは韜晦とユーモアの陰に隠れた著者の素顔を読者は初めてみることになるだろう。また、著者はこの本の中で「若い精神科医に読んで欲しい本」などもいくつか挙げているので、興味のある方やそういうのを専門にされてる方、参考にされてはいかがですかね。
一つ気になったことをいえば、マンボウものとしては後期に書かれたものだからだろうか、著者の熱心な読者ならば「これどっかで読んだ覚えあるよな・・・」という文章がかなりみられたことである。(あくびノォトに収録された「人我を白痴と呼ぶ」などはその典型)
ちなみに私が最も好きなのは「どくとるマンボウ昆虫記」という作品です。この人の手にかかれば陰毛にケジラミがわいた、なんていう話も教科書に載せるべき、いと格調高き文章になるんだから、ある種の天才ですよなw。
それではこのへんで。
ちょいと遅いけども、「どくとるマンボウ」シリーズというエッセイで有名な作家の北杜夫さんの話題でございます。先々月お亡くなりになられましたね。新聞で知った時はびっくりしました。
最初に読んだ彼の本は、中学の頃本屋でふと手に取った「どくとるマンボウ青春期」だった。これは著者の松本高校時代のことを綴ったエッセイであるが、当方もその時高校受験真っ只中というわけもあって、なにかしら共感する所が多かったし、日本の作家にはあまり見られないそのユーモアセンスと皮肉に富んだ小気味良い文章は新鮮でおもしろかった。それ以来小生はマンボウファンとなり、市内の古本屋を片っ端からめぐっては彼の著書を買い漁ったもんでした。
ただ近年はお孫さんのことを綴った軽めのエッセイ集みたいなのが多くなってしまい、徐々に関心は薄れていましたね。
思い出深い作品を挙げると、まずは船医として世界を回ったことを書いた「どくとるマンボウ航海記」でしょうな。これは地図帳を傍らに置いて読んだ記憶があります。当時、マダガスカル島に「アタオコロイノナ」なんていう名の神様が本当にいるのかなあと、わざわざ図書館に行って調べたことが・・・あったような、なかったような。
もう一つ挙げるのは「幽霊」という長編。この作品、ストーリーなんてあってないような話だったと思いますが、その壮絶なまでに幽玄で静謐で美しい文章には甚だ圧倒されたもんでした。マルティノンの振ったドビュッシーのCDも買ったっけなあ。
そんなわけで、新聞で訃報を知った時は寂しさと共になんとも懐かしい気持ちにもなり、古本屋に行って久しぶりにまだ読んでいなかった氏の本などを買ってきました。というわけで今日は「どくとるマンボウ医局記」という本のご紹介です。
このエッセイは著者が慶応大学病院の神経科の助手として働いていたときのことを振り返って書いたもので、著者が体験した精神病患者達との悲喜こもごものエピソード、おかしくて笑ってしまうようなやりとりの数々、そしてその患者達、あるいは著者にも負けず劣らずの奇人・変人ぶりを発揮する同僚の医者達の生態を通して、その当時の精神病院の様子をユーモラスに描いた作品である。
ユーモラスといっても、それは著者が体験したことを殊更ちゃかしたり大げさに書いている、というわけではなく、解説のなだいなだ氏によれば、ここに書かれている数々の頓狂なエピソード、個性的な登場人物たちは、皆本当にこの本に書かれているようにあって実在していたのだという。「対象の方が筆の誇張を越えていた」んだそうである。古き良き時代だったんですな。
この人はエッセイの中で、自分がどれほどのヤブ医者であったかみたいな事を殊更おもしろおかしく、自嘲気味に述べられていることが多いのですが、少なくともこれを読むと著者が(ていうか、当たり前の話ですが)そんなダメ医者ではなかったことがよく分かります。とりわけて山梨の精神病院に左遷され、そこの責任者が風邪で入院してしまったために七、八十人の患者をたった一人で診るはめになってしまった顛末を綴った「第9章 山梨県の病院へ売りとばされたこと」などは圧巻で、いつもは韜晦とユーモアの陰に隠れた著者の素顔を読者は初めてみることになるだろう。また、著者はこの本の中で「若い精神科医に読んで欲しい本」などもいくつか挙げているので、興味のある方やそういうのを専門にされてる方、参考にされてはいかがですかね。
一つ気になったことをいえば、マンボウものとしては後期に書かれたものだからだろうか、著者の熱心な読者ならば「これどっかで読んだ覚えあるよな・・・」という文章がかなりみられたことである。(あくびノォトに収録された「人我を白痴と呼ぶ」などはその典型)
ちなみに私が最も好きなのは「どくとるマンボウ昆虫記」という作品です。この人の手にかかれば陰毛にケジラミがわいた、なんていう話も教科書に載せるべき、いと格調高き文章になるんだから、ある種の天才ですよなw。
それではこのへんで。



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